見せ馬

4月1日の午前中、乗り子希望者が騎乗し『見せ馬』の儀式が行われます。
そしてポンキチくんは、初めての和鞍装着も難なくこなしました!(^_^;)

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本日午後より騎手を選ぶみくじがあり、多度区では夜になってから発表となります。
さて、どの少年が選ばれるのでしょうか?

ポンキチくんのパートナー決定まで、あと数時間!!
明日からも頑張ろう!ポンキチくん!

平成25年 多度祭上げ馬神事

本年も、本日4月1日の神児・騎手神占式からいよいよ本格的に多度祭の一連の行事が始まります。

これまで既に、2回の御厨会議と、2回の乗馬講習会、また監視委員会が開催され、今年もより良い祭にしていくための意識が高まりつつあります。

2月、3月の2回の御厨会議では、前年度の反省を元に、今年度の多度祭をどのような意識、体制で取り組んでいくのかなど、具体的な協議がなされました。

 

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【御厨会議の様子】 多度祭に関する様々な事項について協議されます。

 

また、3月17日、24日には、主に各御厨の青年会を対象に乗馬の講習会が開かれました。講師には、地元御厨出身で、馬術において国体出場経験もある先生をお迎えして、実技・講義という内容でご指導を頂きました。

17日には実技として、実際に馬に触れながら馬の特性を理解しつつ、馬術としての馬との接し方を基本とした上で、多度祭における馬との接し方、扱い方はいかにあるべきかということを、御厨氏子という視点と馬術の指導者としての視点からご講義を頂きました。

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先生のお話を青年会の皆さんも真剣に聞いていました。

 

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青年会の皆さんも、実際に馬に触れながら馬の特性を確認しています。

 

 

24日には、馬と接する上での知識としてご講義を頂きました。講義では、実技での経験を踏まえた上で、馬の特性を知識として理解し、さらに虐待と調教の違いなど、多度祭に関して、今後も向き合うべき踏み込んだ内容のお話も頂きました。また、結びには、伝統文化の継承の意味、多度祭の維持、発展についてもお話頂き、この祭に関わる一人ひとりが、祭に対してどうあるべきか、を考えていくことが大切だという先生の言葉が印象的で、先生自身の情熱も感じました。

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熱のこもった講義に青年会の皆さんばかりでなく、当日出席された御厨関係者の方たちも一緒にうなずいていました。

 

30日には上げ馬神事監視委員会の会合が開かれ、委員長を中心に今年度の監視体制についても確認がなされました。

 

さあ、いよいよ多度祭!今年はどんな祭が待っているのでしょうか。祭に関わるすべての人にとって、本当に良い祭りであることを祈っております。

花馬ブログご挨拶

平成25年多度祭、いよいよ明日各地区の乗り子(騎手)が決定し、スタートします。
私は今年、花馬(多度地区)のブログを担当することになりました日記王と申します。
どうぞよろしくお願いします!

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そして、記念すべき最初の写真は、明日からの主役であります練習馬の『ポンキチくん』です!
ポンキチくん、多度地区の乗り子さんをしっかりと育ててあげてください!
頑張れ、頑張れ、ポンキチくん!!!

最後に (力尾区)

4月1日より1ヶ月以上に渡り記載してきました。

乱筆乱文をこの場にてお詫びしたいと思います。

 

少し振り返りたいと思います。

 

 

 

 

 

神籤開き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神籤

 

 

 

 

 

 

 

 

騎手選定後、初めて練習馬に騎乗し多度大社にて御祓いを受ける。

 

 

 

 

 

桜の木下での練習

 

 

 

 

 

葉桜となった木下での練習最終日

 

 

 

 

 

 

 

 

精進潔斎開始時の御祓い

 

 

 

 

 

騎手、弓取り、世話人との別火の生活

 

 

 

 

 

身を清める水垢離

 

 

 

 

 

5月4日 坂上げ前

 

 

 

 

 

 

5月4日 帰り道

 

 

 

 

 

 

5月5日 坂上げ成功後

また写真の技術もさることながら、5日に写真を撮ることが出来ず

上げ坂の成功の模様をお伝えできずに非常に残念に思います。

私自身も平日は仕事があり、合間を見ての更新となりました。

また祭事中も人不足もあり、様々の役割を担っており

十分お伝えできなかったかもしれません。

現在、報道機関によって『動物虐待』だけが知れ渡ってしまっていますが

祭事の本質の部分がわずかでもお伝えできたのではないかと思っております。

今回お伝えした祭事に関する物は、一度やめてしまうと再度催行することは非常に困難になります。

法律に違反することや動物虐待になるようなことは避けるべき事ではありますが

青少年の育成の一面もあるということをご理解頂けたらと思います。

来年は多度地区の花馬にて催行されます。

すでに来年の祭事に向けて半年先の予定が決まる頃だと思います。

また来年に!

最後に、今までに記載した中にありました

『 伊 勢 音 頭 』のお別れの唄で最後にしたいと思います。

明日はお立ちか

お名残惜しや

六軒茶屋まで 送りましょう

六軒茶屋の曲がりとで

紅葉のような 手をついて

糸より細い 声を出し

皆さんさよなら お静かに

また来春も 来ておくれ

来春来るやら 来ないやら

姐さんいるやら いないやら

これが別れの盃と思えば

涙が先に立つ

雨の十日も降ればよい

最後までお読み頂きありがとうございました。

多度大社の皆様

力尾区の皆様・その他地区の皆様

力尾区騎手・弓取 またそのご家族の方

力尾地区馬主の皆様・その他関係者の皆様

写真をご提供いただきました『うみぐま』様

色々ご協力ありがとうございました。

この場をお借りして御礼申し上げたいと思います

y.hirukawa

5月6日 祭の後 (力尾区)

本年も多度祭りが終わりました。

5月6日は片付けを行います。

久しぶりの日焼けが痛かったり、年一回着用する

安全靴で足が痛かったりしますが、皆で片付けです。

 

 

 

 

 

 

 

騎手として丁重と扱われていた騎手も一人の地区のメンバーになっています。

私自身が騎手を努めた時は疲労と筋肉痛で

まともに布団から出れなかった記憶があります。

祭馬は早朝から、三頭すべて洗っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4日の1回目に失敗してしまいましたが、無事に努めてくれました。

最後のご飯にありついています。

 

 

 

 

 

 

馬主さんを待っています。

 

 

 

 

 

 

6日10時から、馬返しが行われていました。

馬主さんと力尾区の区長で行われました。

 

 

 

 

 

馬主さんのほうへ、力尾区からわずかではありますがお土産です。

4月中に青年会の子達が巻いていた『ぶち』がお土産のひとつとなります。

 

 

 

 

 

 

馬返しが終わると、祭馬は馬主さんの下へ帰って行きます。

 

 

 

 

 

3頭それぞれの馬主さんの元へ帰ります。

 

 

 

 

 

青年会の幹部が祭馬を見送ります。

 

 

 

 

 

最後の1頭が馬運車に乗り込んで行きます。

今回来てもらった祭馬のこの後は様々です。

 

地域でよく行われる『草競馬』に使用する。

馬主さんの家族の方の乗馬用に使用する。

坂上げに成功した馬は、翌年まで馬主さんの元で過ごします。

 

また来年会えることを楽しみにしての

お別れです。

最後に6日の夜に宴会をしてお祭は終わりです。

 

y.hirukawa

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月5日 本祭 (力尾区)

前回お話したとおり、写真データごとデジカメを紛失した為、

文字を中心にお伝えしたいと思います。

 

4日の夜に宮籠りという反省会が青年会によって行われています。

宮籠りにはカメラを持っていって入れるものではありませんので自重しております。

4日の祭事中にルールを違反をしていないか?各地区の青年会の幹部が話し合いをします。

以前までは、前日4日に行われる宮籠りという名の反省会は

日付が変わる頃に終わっていました。

 

宮籠りが終わると、青年会子達は集会所へ帰って自宅に帰ります。

が!後ろ身は帰ってまもなく朝祭りの準備となります。

朝4時半に神社のほうへ集合して朝祭りの準備です。

肱江地区の方の掲載文章に朝祭りの準備の模様が載っていますのでご参考に、、、

 

朝祭が終わると集会所へ戻り朝食を取った後、再度衣装の着付けです。

 

今年は力尾区が花馬ですので、肱江地区より神児が来ます。

昨日4日に神児もらいに行った3人が肱江地区を迎えます。

詳しいお話は上記の肱江地区の方の記載を参考にして頂けたらと思います。

 

集会所を出発すると、『春日神社』 『神児の宮』 『孔雀石』

の3回弦打をします。写真撮影をしようと先回りをした瞬間

『春日神社』付近で弦打の際、祭馬が暴れて騎手が落馬。。。

受身も取れないまま、アスファルトに足を打ちつけたみたいです。

祭馬に騎乗したままでは、治療はできないので神社に着くまで何もできません。

 

神社に着いた後は、4日と同じように

・ 猪飼三郷乗り込み

・ 神社への御祓い

が行われ、七度半のお迎えの儀式が始まります。

この時間を利用して、4日の坂上げで負傷した部分と5日の朝に負傷した部分の治療です。

私自身が医者でも何でもありませんので、簡単な行為しかできません。

騎手は5日の当日は痛み止めを服用しての奉仕となりました。

 

七度半のお迎えが終わると同時に花馬地区の祭馬が上げ馬を行います。

先輩の弓馬付が七度半のお迎えのお手伝いに行ってしまっているので

私自身で騎手の足元を清めて、坂上げに望んでもらいました。

 

 

 

 

 

 

写真は『うみぐま』氏より提供をいただきました。

私の撮影よりずっと綺麗・・・

上げ坂は無事成功してくれました。

地区の皆さんは歓喜です。騎手のお父さんも大喜びでした。

 

 

 

 

カメラがあればよかったのですが、あの状況で私自身もシャッターを

押せたかどうか?はわかりません。

花馬で5日に坂上げを成功できる喜びはひとしおです。

 

 

多度地区は残念失敗でした。

 

続いて、小山地区も失敗・・・

 

戸津地区は3回連続成功が掛かっていましたが・・・

残念です・・・失敗です・・・

 

 

 

北猪飼地区は見事成功!

おめでとうございます。

 

最後の猪飼地区残念でした。失敗です。

 

上げ坂の行事の成功失敗は紙一重です。

騎手が上手でも、祭馬が踏み切りを一歩失敗すると

届かなかったり、壁に激突します。

また、騎手がスタートで鐙から足を外して傾きながら騎乗していても

祭馬がよければ、上げ坂は成功します。

 

 

 

この後、

・ 楠周り

・ 神輿渡御

・ 流鏑馬

と行事が続きます。

この日坂上げが成功した為、皆笑顔で足取りも軽いです。

騎手も前日と今朝の負傷もどこかに飛んでしまっています。

 

流鏑馬が 終わると多度神社経由で集会所へ帰ります。

この頃には、観客もほとんどいない状況での帰路となります。

帰路の最中は、『来年の騎手は誰だろうね?』 などと来年の話をしながらの帰路となります。

 

集会所へ戻る頃には 夜9時ごろとなります。

帰り道、力尾区に入ると騎手がお別れの歌を歌いながら

地区へと帰ります。

真っ暗の中地区の方も出迎えてくれます。

 

祭りも終わりです。

後は翌日の片づけを残すのみとなります。

 

y.hirukawa

 

 

 

5月4日 前日祭 後半 (力尾区)

今回は5月4日(前日祭) 後半をお伝えしたいと思います。

前回、坂爪掛までをお話しました。

 

 

 

 

 

 

力尾区は花馬ですので、早め早めの準備です。

騎手や騎手の世話をする後ろ身や着付けの弓馬付は

1回目の坂上げが終了するまで食事をする暇すらありません。

今回も早め早めで、坂爪掛を少し鑑賞しながら騎手席で待機です。

 

 

 

 

 

 

となりの多度地区も準備です。

 

 

 

 

 

後ろ身が用事で騎手の元を離れました。

騎手席に騎手一人です。

今何を考えているでしょうか???

 

 

 

 

 

坂上げ前に、足袋・脚絆を新品に交換し、日本酒で足元を清めます。

ここで私たち弓馬付は坂の上へ準備で移動です。

無事に上がってきてね!と・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回目 残念でした。

騎手・関係者ともに無事ではありましたが、坂をあがることができませんでした。

 

 

 

 

 

 

坂上の社殿で足元を綺麗にして、祭馬で騎手席まで戻ります。

 

 

 

 

 

階段下の灯篭付近で、三礼した後に裏側通路を経由して

騎手席に戻ります。

数年前までは、紅葉屋さんの前を通って依然あった騎手席のほうに帰っていました。

ですが、今は安全を考慮した上で裏道を戻ります。

坂上げが成功して、観覧席や観衆の方からの拍手をもらって意気揚々と変える姿や

坂上げが失敗して、悔し涙を流して帰る姿を励ます姿は今は見ることはありません。

自分が騎手を務めたとき、その場面の印象が強いだけに、すごく残念です。

 

 

 

 

 

 

さぁ 気を取り直して2回目に挑戦です。

騎手はほとんど口を聞きません。後ろ身が少し話しかけてもうなずく程度です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騎手がスタートする地点から、坂を見たところです。

私自身が騎手を務めたときは、1回目は坂が坂爪掛で削られた

くぼみの向こう側に見える青空しか記憶がありません。

2回目は、坂に並んでいる人がいたことを記憶しています。

 

騎手は馬上からこの坂を見て何を思ったでしょうか?!

 

 

 

 

 

 

 

残念ながら、2回目も失敗です。しかも坂上げ時に並んでいた方が怪我をし

また騎手も左足を負傷してしまい治療で 写真を撮ることもできませんでした。

明日5日は、昨年の5日に坂上げ成功した馬が待機しています。

皆、明日は大丈夫!絶対成功する!と思っていたはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上げ坂神事が全地区終了すると、騎手は観覧席を騎手席から楠のほうへ歩き

楠の元で騎手と神職の盃を交わします。

時間の合間に、騎手と明日5日弓取り役の子と記念撮影です。

 

 

 

 

 

 

作法の勉強は生かされてます?!よね。

 

 

 

 

 

騎手と神職の盃が終了すると、須賀馬場へ移動です。

 

 

 

 

 

 

騎手は扇子で馬を扇ぎながら、須賀馬場へと向かいます。

今年は4日に成功しなかったので、ちょっぴり足取りが全員重いです。。。

 

 

 

 

 

途中大黒屋さんの手前の水利で祭馬の足を洗い、一休憩です。

祭馬も水を飲んで一休憩。

 

 

 

 

 

 

騎手はカメラがいっぱいでどっちを向いていいのやら。。。

幸い、祭事中フラッシュはほとんど見当たりませんでした。

ご協力ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

須賀馬場にて場乗りが終わると、6地区が集合して花馬の青年会の幹部が

4日の夜行われる鞭祭りと宮籠りの連絡をして、一旦お別れです。

青年会の幹部からの挨拶が終わると、

多度地区と戸津地区は須賀馬場の北側方向へ進み、各地区集会所へと戻ります。

小山地区・力尾地区・北猪飼地区・猪飼地区(本年花馬順です)は

肱江地区を経由して集会所へ戻ります。

肱江地区を通過する際、猪飼三郷の花馬代表3名は

肱江地区で『神児もらい』に向かいます。肱江地区では宴となります。

騎手と祭馬は肱江の青年らによって垢をとってもらいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

道中で、小山地区と別れ、北猪飼地区・猪飼地区と別れ

力尾地区に入ってきました。

集会所も見えます。

 

 

 

 

次回は、5日の模様をお伝え。。。。

しかたかったのですが、写真データごとデジカメを紛失してしまいました。

時間があれば、関係者の方からデータを頂くこともできるのですが

時間がありませんので、次回は5日を文章でしたいと思います。

 

y.hirukawa

 

上げ馬神事がおわったら?

5月5日は1時ころから七度半のお迎え行事 2時ころから6頭の上げ馬があります。みなさんは、最後の馬を見届けると帰られる方が多いと思います。

このあと、神社石段下の大きな楠のまわりで「楠まわり」の儀式があります。続いて肱江の「お旅所」へ神輿の渡御があります。多度大社に向かって右側には「小串家」があり、その前には早くからチゴと肱江の一行が待機しております。

楠まわりの儀式が終わると、かわいい子供たちが、榊を先頭に「お宝」を持って階段を降り、続いて神輿3基がおりてきます。馬場の中では、宮司ほか神職、市長(今年は副市長)が馬にまたがり行列いたします。その後ろにには、今日、奉仕されたハナウマのノリコをはじめそのユミトリ、以下5つの御厨が続きます。

                 オタカラモチのこどもたち

神輿の先頭はいつも小山です。小山は12人全員が小山の人。2番目は猪飼3郷、昔はハナウマになったところだけで担いだが、今は3つの御厨(猪飼・北猪飼・力尾)が力あわせて担ぎます。3番目は戸津と多度。             馬上の副市長です。少し緊張気味でしょうか。

肱江までは約2.5kmほどあり、その途中、御宮に礼をしたり、矢をはなったりして1時間ほどかけて下ってきます。

5日は多度駅や多度中小学校から歩いて見物され、帰りはチゴやノリコさんと一緒に帰ってくると、身近で見ることができますよ。

多度橋付近を下るチゴの行列。まわりには見物する人がいっぱい。左に見える多度川の中にノリコさんは矢を放ちます。

また、須賀の馬場ではロープが張られているだけですから間近で馬が疾走するのを見れます。

須賀への到着は午後5時ころ。馬場の東側に神輿が3基並んだころ、ハナウマから順に北から南へ走ります。これを「ミコシノオイヌキ」という。

これがすむと、船着神社の中で「神輿の祭典」が行われます。

      オタカラモチ お疲れさまでした。左にはノリコが6人立ち、神輿を待っています

この神輿は小山です。小山のノリコは花笠を前にだし礼をします。(花笠の礼)

              神輿の祭典の様子

終わると、お旅所の終点まで向かいます。ここまでは、多度大社を出発した行列の順番は変わりません。

ここでしばらく休憩(オヒル)です。神輿に供えられた「チマキ」は肱江の青年が米を蒸し、笹の葉(本当はマコモ)でまいたものです。

 

オヒルを食べると流鏑馬。小山ノリコが「神之的」の儀式を行い、ハナウマから順に馬を走らせながら3つの的に向かって矢を放つヤブサメの神事を行う。今は、止まった状態で弓を引きます。岐路は扇をあおりながら駆けてくる(あぶちがえし)。

               神之的を射る 小山のノリコさん

これで須賀の行事は終了。午後6時30分。少し遅くなりました。

肱江のチゴ以外は、多度大社へ戻り、神社へのお礼や各村へ礼をして、神社から村へ帰る。

肱江の集会所では、炊事係が「コイジル」を作って待っている。先ほどの祭典で供えられたコイは赤味噌と砂糖のきいた濃い「コイジル」となり、行列で奉仕した村人や青年の胃袋を癒してくれる。持ってきた道具と衣装を片づけて、お疲れ様でした。

                 砂糖のきいたコイジル

青年会は、チゴを家まで送り届け、馬の世話をするのでまだ帰れません。馬にもねぎらいの言葉とエサをあげます。ゆっくり休んでください。あした、馬方さんへ帰します。怪我もなくよかったですね。ありがとう。

長い1日がおわりました。

 

 

 

 

5月4日 前日祭 前半 (力尾区)

今回は5月4日 前日祭 の前半をお伝えしたいと思います。

4日は、陣笠に裃、袴の装束となります。

足元は黒の股引を着用し、白色の ”さらし” を裂いて脚絆を作り

白色の足袋を履いています。

力尾区の家紋は『上り藤』となりますが、装束や馬具等様々なところに

『上り藤』が表されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表面上は、裃、青色の肌着でまったく見えませんが

胸から腹の辺りに安全性向上の為、白色の” さらし ”を2反分巻いています。

また馬に騎乗する前には、足袋・脚絆・股引の内側・袴の内側を

清酒で弓馬付が清めています。

 

 

 

 

 

 

いざ、出発です。

消防が前後の交通安全を確認し、青年会と口付が祭馬の周り取り囲みます。

その祭馬の後に騎手の家族の方や地区の方で行列となります。

青年会の歌う『伊勢音頭』 *1 を聞きながら、力尾区から多度大社まで歩いて行きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多度大社へ到着すると、馬場の南側からより馬場の楠まで祭馬を走らせます。

これを『猪飼三郷の乗り込み』と言います。

以前は、各地区から馬場南側へ到着した地区から順に走らせていたようですが

現在では3地区が集まり、各地区1頭づつ計3頭が馬場に入った段階で

『力尾』 『北猪飼』 『猪飼』 (本年の花馬順で記載しております)

走らせています。

 

 

 

 

 

 

 

祭馬と騎手が馬場の楠あたりに到着すると、騎手は鐙から足を外し

(鐙を外すというのは、敵対行為ではない というのを表します)

右手を陣笠に手を当て、上げ坂方向にある社殿方向へ3礼をします。

 

 

 

 

 

 

3地区ともすべて北側へ移動すると、北へ走らせた順に南側へ走らせます。

このように走る順番もすべてルール上決まっており、ルールを破ると

他の地区から激しく注意を受けます。この場合は『頭返し』といいます

 

 

 

 

 

 

止まってね・・・

 

 

 

 

 

 

この『猪飼3郷の乗り込み』が終わると、社殿のほうへ移動して

神職による御祓いを受けることとなります。

 

 

 

 

 

 

 

騎手・祭馬3頭・青年会・消防・地区の人・馬主の方など、地区に関係する人は

すべて御祓いを受けます。

 

 

 

 

 

 

御祓いを受けた後は、一旦、騎手席に待機し『多度3郷』の状況を見ながら

スタート地点から楠のあたりまで走る『馬場乗』*1が行われます。

 

 

 

 

 

 

しっかりと清酒で清めます。

以前もお話しましたが、足袋、脚絆などすべて穢れが無いように清めます。

また新品で揃えている為滑りやすいために清酒で湿らせて、滑りにくくもさせています。

 

 

 

 

 

 

 

馬場乗が開始です。力尾区がスタート

 

 

 

 

 

 

 

続いて、 多度区が準備をしています。

 

 

 

 

 

 

小山区も綺麗にスタート

 

 

 

 

 

 

馬場乗のルールは、馬場乗で走りこんだ順と逆に南側へ走ります。

これもルールで『尻返し』となります。

 

 

 

 

 

 

多度区が南へ疾走!

 

 

 

 

 

 

力尾区も走ってきました。

 

 

 

 

 

 

馬場乗が終わると『坂爪掛』が始まります。

上げ坂を行う坂は、この段階は『御幣』が立てられています。

この御幣を抜き取り、坂を上がり易いように削ります。

これを『坂爪掛』と言います。

 

 

 

 

 

 

馬場を青年会と口付が坂を削る青竹を叩いて歩いて行きます。

正式な由来は不明ですが、青竹で叩いて清めているという話もあります。

 

 

 

 

 

 

御幣が立てられている時の上げ坂

 

 

 

 

 

花馬の地区は、地区の代表者が御幣にまたがりいつでも抜き取れるように

準備をします。

上げ坂を行う前に代表者が誤って下に落下しては縁起が悪いので

落ちないようにロープで引っ張ります。

 

 

 

 

 

 

6地区が楠周辺まで、接近してきましたので

花馬地区の力尾区が上げ坂横の階段を上って行きます。

 

 

 

 

 

 

花馬地区を先頭に上げ坂順に階段を上がって行きます。

 

 

 

 

 

 

すべての地区が階段を上りきると、御幣を抜き取ります。

これもルールで、守らないと騒動の発端のなります。

 

 

 

 

 

御幣を抜き取ると、青竹で坂を削ります。

基本は花馬地区ですが、他の5地区も削ることもできます。

但し、坂を削る青竹は花馬地区だけ斜めに切られていますが

他の地区は斜めに切ることができません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタート地点から見た坂爪掛の模様です。

あまり削っては上げ坂成功の感動が薄れるので、

自信がある地区はあまり削りたがりません。

少しでも、上げ坂の可能性を上げたい地区は

馬の通り道を横に広げ、下に下げようと削ろうとします。

坂の上では、大騒ぎとなります。

 

全地区の確認が取れると、『どうづな』というロープが坂の左右1本づつ降ろされます。

そうすると上げ坂の準備が開始となり、どの地区も坂を削ることはできなくなります。

 

次回は4日後半部分をお伝えしたいと思います。

 

 

*1 『伊勢音頭』

伊勢参りの人々によって各地方に伝わったものと思われます。

「荷物にならない伊勢土産」と言われています。

地方地方で歌詞が様々あるようですが、多度祭を奉仕している御厨は

このあたりの地名や祭事に関する歌詞が多いです。

( 私の記憶にある歌詞 )

① お伊勢参らば  お多度も掛けよ  お多度を 掛けねば 片参り

② 馬よいななけ  坂駆け上がれ  これが 自慢の 多度祭

③ めでためでたの   若松様よ   枝も栄えて   葉も茂る

(合いの手とつなぎ部分は省略しました)

 

*2

『馬場乗』は、花馬順に3頭が1組で行われます。

本年は『力尾・多度・小山・戸津・北猪飼・猪飼』の順となっておりますので

『力尾・多度・小山』が1組目 『戸津・北猪飼・猪飼』が2組目となります。

基本的に、『馬場乗』は2回行われますが、回数は花馬の権限で決定されます。

 

y.hirukawa

七度半のお迎え チゴ一番の見せどころ

昼食を終えると七度半のお迎えの儀式です。午後1時から2時までの1時間をかけて、多度大社の大神(おおかみ)をお迎えし、チゴに乗り移っていただき、その後、御殿の中で宮司に見守られて、チゴの姿で上げ馬神事をご覧になられます。

12時50分 七度半の行事に向かって神楽殿の前で行列を組みます

揃いました。さあ 出発です。ケイゴのみなさん、チゴと同じく白い化粧になっています。チゴの馬はおとなしいので近くまで寄って写真をとることができますよ。馬場の中は、一般の人は入れません。ここでよくみてください。いつもだと、12時30分から12時50分くらいに、この境内にいます。化粧をしていても男の子です。

午後1時 チゴ 馬場に入ります。坂の下では、金幣と6つの御厨からのケイゴが待機し、チゴを迎えにやってきます。

チゴまえまでやってきた金幣と6人のケイゴは、肱江のケイゴと一緒に一回、二回・・・と、迎えにきた回数を金幣の合図にあわせてお迎えの儀式を始める。ひとつごとに、チゴは坂に近づき7回半繰り返す。七回を終えたのちの儀式の七回半のところで、赤傘の合図がノリコにおくられる。

チゴは楠下までやってきた。もう七回。2時まであと少し。約束で2時に傘を閉じることになっているので、ノリコさんもそのように準備をしているはず。この馬のうしろでは、薙刀を持った3人(赤いさや)がいて、チゴが馬場内にいるのに後方から馬がやって来たとき、さやを抜いて馬をとめる という話。昭和の初期にあったと聞く。

もうまもなく、傘は横に振られ、閉じられる。その傘の横をすり抜けるように、ハナウマが通りすぎていくのがスリルであり、この行事のクライマックスです。今回のハナウマ力尾はきれいに上がっていきました。チゴは宮司と御殿のなかで観覧する間、村人や馬は楠の南で待機し、上げ馬神事が終わるころ小串邸前へ移動する。神輿の渡御までしばらくお休みです。

 

 

 

 

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